2012年02月05日
ジャワ・ビルマの大空
日本薬膳研究会・会長で、ビルマ方面軍・摩仁宝塔奉賛会副会長の中西喜次先生の従軍記を読了。
ジャワ・ビルマの大空一気象隊士官の手記
(1984年) (無名戦士の記録シリーズ)
中西 喜次著 旺史社
この本は、昨年、戦友会の方のお見舞いに行き、彼の書架で偶然
見つけて、借り受けてきました。
先生は、普段はあまり戦時中のことは話されませんから、薬膳の
メンバーさんも先生の戦中、戦後のご活躍については、知らない方がほとんどです。
先生とは、3年前の7月に、高野山の慰霊法要で知り合うことが
出来ました
94歳というご高齢ながら、頭脳明晰
昔のことも今現在のことも多岐に亘ってよく通じていらっしゃる方で、私もよく戦時中のことやミャンマーこと、薬膳のこと、人とは・・・みたいなところまで、どんな質問にも的確な回答を戴けるので、とても
助かっています
昨年、インドネシアに食文化の研修旅行の報告会で、ご自身が敵前上陸されたバンダム湾のことをお話になられ、当時のことをレジュメに作ってきて下さいました。
この時、私の敬愛する今村均ジャワ方面軍司令官の乗船された竜城がやられ、その時のいきさつも、個人的にお伺いすることが出来て、
とても不思議な気持ちになりました。
先生は、タイで潜伏する少し前の辻正信陸軍参謀ともご一緒だった
とかで、お話していると、正に歴史書を紐解いているかのようです
当たり前のことながら、先生が青年だった当時は、徴兵制があって、
2度目の応召で、満州~高雄~インドネシア、そしてビルマへ。
若き中西少尉は、セレクトされて陸軍気象部の航空気象を担当する気象隊に配属されます。
この気象隊の活躍がないと、飛行機は飛ばせません。
詳細は、割愛しますが、気象隊というのは、常に最前線のすぐ近く
まで進出し、直接の戦闘はないにしても、飛行場勤務が多くて、
機銃掃射や爆撃で多数の犠牲者が出たそうです
ビルマと言えば、インパール作戦などの過酷な地理的条件や兵站の確保がままならなくて、多くの戦病死者が出たことを書かれた本が
多い中、作戦立案などに大きな影響を与えた気象の分野について、専門的観点から書かれたこの本は、ビルマを知る上で、とても勉強になりました。
しかし、気象、地理的戦略上の困難さ、補給の軽視等、無理な
作戦立案を上層部の功名心だけで承認し、19万の将兵が
犠牲になったかと思うと、ホントにやり切れません
今も、齢90を超える戦友会の方々が、毎年、高野山に集まり、慰霊を続けられる想いを受けて、私も微力ながら、お手伝いを続けて
いけたらと思っています
ジャワ・ビルマの大空一気象隊士官の手記
(1984年) (無名戦士の記録シリーズ)
中西 喜次著 旺史社
この本は、昨年、戦友会の方のお見舞いに行き、彼の書架で偶然
見つけて、借り受けてきました。
先生は、普段はあまり戦時中のことは話されませんから、薬膳の
メンバーさんも先生の戦中、戦後のご活躍については、知らない方がほとんどです。
先生とは、3年前の7月に、高野山の慰霊法要で知り合うことが
出来ました

94歳というご高齢ながら、頭脳明晰

昔のことも今現在のことも多岐に亘ってよく通じていらっしゃる方で、私もよく戦時中のことやミャンマーこと、薬膳のこと、人とは・・・みたいなところまで、どんな質問にも的確な回答を戴けるので、とても
助かっています

昨年、インドネシアに食文化の研修旅行の報告会で、ご自身が敵前上陸されたバンダム湾のことをお話になられ、当時のことをレジュメに作ってきて下さいました。
この時、私の敬愛する今村均ジャワ方面軍司令官の乗船された竜城がやられ、その時のいきさつも、個人的にお伺いすることが出来て、
とても不思議な気持ちになりました。
先生は、タイで潜伏する少し前の辻正信陸軍参謀ともご一緒だった
とかで、お話していると、正に歴史書を紐解いているかのようです

当たり前のことながら、先生が青年だった当時は、徴兵制があって、
2度目の応召で、満州~高雄~インドネシア、そしてビルマへ。
若き中西少尉は、セレクトされて陸軍気象部の航空気象を担当する気象隊に配属されます。
この気象隊の活躍がないと、飛行機は飛ばせません。
詳細は、割愛しますが、気象隊というのは、常に最前線のすぐ近く
まで進出し、直接の戦闘はないにしても、飛行場勤務が多くて、
機銃掃射や爆撃で多数の犠牲者が出たそうです

ビルマと言えば、インパール作戦などの過酷な地理的条件や兵站の確保がままならなくて、多くの戦病死者が出たことを書かれた本が
多い中、作戦立案などに大きな影響を与えた気象の分野について、専門的観点から書かれたこの本は、ビルマを知る上で、とても勉強になりました。
しかし、気象、地理的戦略上の困難さ、補給の軽視等、無理な
作戦立案を上層部の功名心だけで承認し、19万の将兵が
犠牲になったかと思うと、ホントにやり切れません

今も、齢90を超える戦友会の方々が、毎年、高野山に集まり、慰霊を続けられる想いを受けて、私も微力ながら、お手伝いを続けて
いけたらと思っています

Posted by reina at 01:00│Comments(0)
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