2010年09月16日
インパール作戦のお勉強
成福院のビルマ方面軍仏塔のご縁から、オーラルヒストリーの
インタビュアが務まるように、少し復習をしたいと思い、
ドキュメンタリーDVD 第2次世界大戦26 インパール作戦
コズミック出版¥500を購入。

アメリカの陸軍御用達の制作会社とインド、イギリスの各社が取材
協力し、編集しているので、いろんな角度からよく映像を集めています
もちろん戦意高揚目的と連合軍側からみた作戦展開ですから、
ちょうど私が日本兵の従軍手記を読んでいるのと反対側の目線です。
連合軍は、アメリカ・イギリス・オーストラリア・中国(蒋介石の中華
民国)兵のみならず、植民地兵も多く動員し、インド・アフリカ・傭兵
として名高いネパールのグルカやビルマの少数民族も作戦に従事
しています。
レド公路(援蒋ルート)の建設や飛行場の整備などに、多くの現地住民が動員され、常に戦場と隣り合わせの中で、避難をしながらも
生活を続けていくために働かないといけない部分などは、映像として初めて見ました
もちろん、制作意図が連合軍にとってプラスであるものであるため、
全てが事実かどうかは、わかりません。
中国からも訓練を受けていない兵士を連れてきて、現地で訓練し、
前線に投入したり、豊富な物量や、当時の最新鋭の兵器や重機を
見てると、ヒト・モノ・カネ・情報と全てに勝る相手と無謀な戦いを強い
られたわが日本軍兵士の心境たるや察して余りあります
当時の日本の英知を結集したはずの参謀本部の無計画な作戦にも腹が立ちます
赤紙一枚と徴兵制がこれを支えていたとしても、あまりに軽い命ですよ
最初のロールテロップで「私達がこの映像から教訓を学ばなければ、手にした自由と平和は失われてしまうだろう」とあったのが印象的
でした。
人間は、大義やそれぞれの価値観、国益等のフィルターがかかると、どうしても同じことを繰り返してしまう。そのことに対する戒めとして
もらいたいという想いからでしょうか。
熾烈を極めた戦いの中、多くの日本兵が命を落とし、今も遺骨が収集出来ずに、彼の地で眠っていらっしゃる方々を弔うために、90歳前後のかつての戦友が慰霊に行こうとされるお姿は、本当に頭が下がり
ます
敗戦後、武装解除され、収容所に抑留され、帰国する時に「ビルマの人々は少ない手持ちのお米や食糧を持たせてくれた」と、92歳の奉賛会の副会長にお聞きし、今もミャンマーに学校を建設したり、文房具を送る活動をされているのは、当時の彼らの気持ちに報いるために、
発心されての行動なんだなぁと思います
2月に、ミャンマーの慰霊巡礼に同行出来るか・・・全ては私の
化学物質過敏症の症状が今より良くなって、皆さんに
ご迷惑をおかけしないレベルまで回復しないと
そのために、準備にはじっくりと時間をかけたいと思います
インタビュアが務まるように、少し復習をしたいと思い、
ドキュメンタリーDVD 第2次世界大戦26 インパール作戦
コズミック出版¥500を購入。

アメリカの陸軍御用達の制作会社とインド、イギリスの各社が取材
協力し、編集しているので、いろんな角度からよく映像を集めています

もちろん戦意高揚目的と連合軍側からみた作戦展開ですから、
ちょうど私が日本兵の従軍手記を読んでいるのと反対側の目線です。
連合軍は、アメリカ・イギリス・オーストラリア・中国(蒋介石の中華
民国)兵のみならず、植民地兵も多く動員し、インド・アフリカ・傭兵
として名高いネパールのグルカやビルマの少数民族も作戦に従事
しています。
レド公路(援蒋ルート)の建設や飛行場の整備などに、多くの現地住民が動員され、常に戦場と隣り合わせの中で、避難をしながらも
生活を続けていくために働かないといけない部分などは、映像として初めて見ました

もちろん、制作意図が連合軍にとってプラスであるものであるため、
全てが事実かどうかは、わかりません。
中国からも訓練を受けていない兵士を連れてきて、現地で訓練し、
前線に投入したり、豊富な物量や、当時の最新鋭の兵器や重機を
見てると、ヒト・モノ・カネ・情報と全てに勝る相手と無謀な戦いを強い
られたわが日本軍兵士の心境たるや察して余りあります

当時の日本の英知を結集したはずの参謀本部の無計画な作戦にも腹が立ちます

赤紙一枚と徴兵制がこれを支えていたとしても、あまりに軽い命ですよ

最初のロールテロップで「私達がこの映像から教訓を学ばなければ、手にした自由と平和は失われてしまうだろう」とあったのが印象的
でした。
人間は、大義やそれぞれの価値観、国益等のフィルターがかかると、どうしても同じことを繰り返してしまう。そのことに対する戒めとして
もらいたいという想いからでしょうか。
熾烈を極めた戦いの中、多くの日本兵が命を落とし、今も遺骨が収集出来ずに、彼の地で眠っていらっしゃる方々を弔うために、90歳前後のかつての戦友が慰霊に行こうとされるお姿は、本当に頭が下がり
ます

敗戦後、武装解除され、収容所に抑留され、帰国する時に「ビルマの人々は少ない手持ちのお米や食糧を持たせてくれた」と、92歳の奉賛会の副会長にお聞きし、今もミャンマーに学校を建設したり、文房具を送る活動をされているのは、当時の彼らの気持ちに報いるために、
発心されての行動なんだなぁと思います

2月に、ミャンマーの慰霊巡礼に同行出来るか・・・全ては私の
化学物質過敏症の症状が今より良くなって、皆さんに
ご迷惑をおかけしないレベルまで回復しないと

そのために、準備にはじっくりと時間をかけたいと思います

タグ :化学物質過敏症
Posted by reina at
12:08
│Comments(0)